Profile! はじめまして。~過去の記録~  どん底の日々

ざっくりな見出し
  • 現在の私    
  • 過去シリーズ  ←このページではここをお話しします
  •  0~6歳の私
  •  7~10歳の私
  •  11、12歳の私
  •  13歳の私
  •  14、15歳の私
  •  16~18歳の私
  •  19、20歳の私
  •  21、22歳の私
  •  23、24歳の私
  •  25、26歳の私
  • 未来のぬーたろ

 

過去シリーズ

これからお話する内容は全て私の過去の物語でありノンフィクションです。

自分自身あまり話したく内容も含まれています。

ただ、こんな人もいるんだと知って頂けることや、現在子育てで困っている人たちの育て方の参考になれば幸いだと思いましたので記載させて頂きます。もし気になる方いらっしゃいましたら最後まで読んでいただければ幸いです。

 

・0~6歳の私

このころはいたって普通の子供だった記憶があります。年も生まれてから幼稚園を卒業するまでの年齢ですので特に大きな変化や感情の動きなどはありませんでした。

私の家庭は6人の家族で出身地でひっそりと暮らしていました。私が生まれたころは私が長男であることからも両親を合わせて3人の家族でした。しかし、記憶上では生まれて1、2歳のころの私は母親の家族の家に住んでいた記憶があります。現在は亡くなられてしまいましたが、母親の母親(つまりおばあちゃんですね)に毎日楽しく遊んでもらってたような記憶があります。

 

そんな中、私が2歳のころからですね。弟が生まれてきて家族が4人に増えました。その後は私の家族は父親の家族の家に住むことになるのですが、正直いつごろから父親の家に住むようになったのか覚えていません。。。

おそらく私が2~4歳のいずれかで父親の家族の家に住むようになったのだと思いますが。。。

ちなみに父親の家族と母親の家族の家は車で40分ほど離れた個所にあったので、休日になったら遊びに行くなどといったことができていました。

 

そんななか私は幼稚園に入学するようになりました。

幼稚園の入学なので4歳のころの話です。

幼稚園は定番の幼稚園バスで通勤していた記憶があります。また、そのころから恥ずかしがりやな性格が徐々に芽生えてきた記憶があります。人前で表現しようとするとき奥に引っ込むように逃げるようになっていたと思います。

ちなみに幼稚園では仏教のような場所でお祈りをする変わった文化があったことを記憶しています。

 

そんな中また、私に新たな出来事が生まれます。私が4歳から5歳になったころ、さらに弟が一人生まれます。このころは父親の家族と一緒に住むことで安定していましたのでおばあちゃん、両親、弟、弟、私の6人家族で生活が続いていくことになりました。(おじいちゃんは私の生まれる前に亡くなられていました。)

 

そんなこんなで、私は6歳まで幼稚園に通い、幼稚園を卒業し、ついに小学校へ入学をするようになります。

 

簡単に書かせてもらいましたが、正直0歳~6歳のころの記憶はほとんどありません。正しい情報を伝えようとしようとすればするほど、中身が出てこなくなりますね。

 

まとめとしては6歳までの私は特に不自由があったわけでもなく、問題があったわけでもなく、少し目立ち嫌いだった普通の子供でした。これから、大変な人生を繰り返すとは思いもしませんでした。

 

 

・7~10歳の私

このころから、人格が形成されてきますw。

7歳~10歳というと一般的には小学生1年生から4年生になる年齢です。

もちろん私も小学校に行き学んでいきます。

友達もでき、クラブではバスケに似たポートボールのクラブに入ります。

このころから、国旗のカードを見てどこの国の国旗かを当てるゲームをしていた記憶がありますね。

休み時間はよく消しゴムを使って遊んだりしていました。(消しゴムを使って指ではじいて相手の消しゴムを場外に落とすというやつです。)また、縄跳びも好きで休み時間じゅう縄跳びの練習をしたり、昼休みは体育館で本格的に縄跳びの練習をする毎日に明け暮れたりしていました。

本当は力もなく、体も堅い私ですが、運動神経だけは意外といいのではないかと思っていたころがこのころからですね。初めの理由はドッチボールです。

 

体育の授業でドッチボールをする機会がありました。その時私のチームが私だけ一人残り、相手のチームは数人残っているという状況になりました。そして、そのころクラスで一番すごいといわれている子が投げた球をどうやら私は目をつぶって受け止めていたようです。これがきっかけで、周りの人からも認められるようになり、自分でも実は自分ってすごいのでは?なんて思うようになっていきました。

おそらくこの出来事が私が運動神経がいいと錯覚するようになった理由の一つだと考えています。

 

また1つ似たような事例になるのですが、私は算数は特に得意だった思い出はありません。しかし、ある出来事をきっかけに科目の中では算数が好きになりました。

 

そのきっかけをお話しします。こちらも授業中に誰も解くことができない算数の問題がありました。その時に私は黒板に書かれた問題をチョークで書いて発表してみました。すると、正解したみたいで、とてもうれしかった記憶が残っています。

 

このような形で、現在でも覚えているような特別な経験が、今後好きになるか嫌いになるか、得意になるかどうかを決める一つの材料になっていると思います。お子さんがいらっしゃる方はこのような経験を多く子供に積ませることで、素晴らしい人生を歩んでもらいたいですね。

 

 

と話が脱線しましたが、戻します。私は小学生になってから、スイミングスクールやくもんの塾にもいくようになりました。家に帰ってからは友達と遊んだり、兄弟で遊んでいた記憶があります。また、レゴブロックなどを組み立てることも好きで、ブロックでいろいろと作っていた記憶があります。

 

そんなこんなな私ですが、親からゲームをプレゼントしてもらってゲームボーイでゲームをして遊ぶようにもなりました。(ただ、ゲームは一日30分など制限がつけられ、不満をいいながら遊んでいた記憶があります。)また、カードで遊ぶようにもなりました。当時のカードといえば、初代の遊戯王のカードで、お年玉やおこずかいでカードを買っていた記憶もあります。

この遊びを行うようになってから、私の人生がゆがみ始めたと思っています。

 

ゲームに制限を付けられることになることで常に周りに親がいないかどうかを気にし始めるようになりました。

親がいない瞬間を見計らって、ゲームをして遊んだり、寝るタイミングで寝るふりをして布団の中にゲームボーイを持ち込みゲームをして遊ぶようになっていきました。

 

そんな日々が続いたせいもあり、親はたまに私がゲームをしていることを気づくタイミングが増えてきます。

当然怒らねばなりませんし、初めはどこにでもあったゲーム機本体が、親に取られるようになり、隠されるようにまでなってきます。(ゲーム機に関して特に厳しかったのが父親でゲーム機を奪って辞めさせるといった力業で無理やり取り上げるといったことをよく行いました。)

そうなれば、どうなるか皆さんもお気づきだと思います。

私としてはやりたいことを隠されているわけです。

いてもたってもいられません。

今日はどこに隠したのか。どんな対策を考えているのか。親の心理を読み始めます。

 

さらに悪いことに、私の母親は1日働いているフリーターでしたが、父親が1日深夜働いて午前帰ってくるような夜勤勤務の仕事でした。(結構労働時間は不規則なこともありました。)

そんな親のもとで生きていたため、考え方がどんどんずる賢くなります。

父親がいない日は母親しかいないので、夜になるとゲームの散策が決行されることになります。

もし見つけた際は、父親が返ってくるまでゲームをして帰ってくるまでにもとの隠してあった個所に戻すといった非常に利口な方法で遊ぶようになります。

 

もちろん親は気づきませんが、たまにシフトがずれたり、寝ながらゲームをして寝落ちしてしまうことがあります。そんなときにばれるわけです。

そして、一度ゲームをしていることがばれると、隠し場所を変えたり、最後には簡易的な金庫まで買ってくる始末です。

金庫にゲームを入れられたときは、ちょっと絶望したことを覚えています。

しかし、その絶望も自らの手で切り開こうと、金庫のカギの蝶番すら壊して、あとで直しておくといった方法を取るようになります。

実際に金庫の蝶番を道具をうまく利用して壊し、あとで元通りに直しておくといった芸当を小学4年生の子供が行ってきたわけです。(私自身が行ってきましたが、今思い返すとつらい思い出です。)

そんな中、興味本位で、してはいけないこともし始めます。

 

 

お店の商品の万引きです。

 

 

もちろん、これは誰にも見つかりませんでした。こんなこと今になって言える話ですが、普通なら考えられない内容です。正直記事に書くかどうかも考えましたが、ノンフィクションですべて話すことで誰かの参考になればと思い記載いたします。

これは、犯罪です。しかも、この当時犯罪を犯しても誰にも見つからず、怒られませんでした。もちろん私のとる行動もどんどんエスカレートしていきます。

 

皆さんに1つ振り返って頂きたいのですが、これは小学4年生の子供が行っている話です。小さな子供でも少し考えて知恵がつけば、こんなことだってしてしまう世界なのです。。。

 

とはいっても、学校では勉強し、水泳のスクールは続けていました。家庭の中以外では問題を起こすような私ではなかったことを記憶しています。水泳のスクールでも表彰上をいただいたり、学校のスポーツ大会でメダルを頂くなど運動神経は意外とよかった記憶があります。

 

 

・11~12歳の私

ちょうど、このころ私たちの家族は父親の家族の家から、一軒家に引っ越すことになりました。つまり5人家族で過ごすようになります。

 

このころから、私の悪の心がさらに成長していくことになります。。。

 

先ほどの話で伝えた通り、学校の行事などは参加し、さらには柔道を習うように親に言われ、1年ちょっと程だけですが、柔道を学んだりもしていました。

そんななか、裏では自分の欲求にこたえるためにしてはいけないことをどんどんするようになってきます。

このころになると学年でいう小学5、6年生になります。学校内でも年齢的に上になり、下の子にいろいろと教えたりするようになります。また、さらに知能が増えて今まで分からなかったことが分かるようになります。

 

ついに親のシフトカレンダーを見つけその意味が分かるようになりました。

 

その影響で、この日は父親がいないから、ゲームができる。

この日は父親がいるな。しょうがない。。。など生活の基準を父親のシフトで考えるようになっていきました。

また、塾も学校のみんなが行く塾に行くようになり、勉強もある程度するようになります。

 

 

そんなある日考えてはいけないことをするようになります。

 

 

お正月を迎えると子供はお年玉を頂くようになります。

私の家ではずっとお年玉は8割使わず貯金するといった風習となっていました。

 

そして思います。

本当に貯金されているのかなと。また、頂いたお年玉は親がいつも入れている引き出しに置きっぱなしになります。

そんなことを知ってしまった私は、お年玉に目を向けてしまいます。

 

すこしくらい。。。

 

という考えで、お年玉に入っているお金を1000円ほど取り自分で使用するようになります。その当時、カードが流行っていたので、1000円というお金は遊戯王カードを買うお金になっていきました。

 

1回で終わればまだ、マシです。しかし、こんなことをして、誰にも指摘されなければ、続けてやってしまうのが人間です。たとえそれがたかが10歳の子供であろうが、一度物を盗むということを経験してしまうと止めることはできません。

 

どんどん内容はこれからエスカレートしていきます。

 

一方小学生の生活も終わりを迎えてきました。小学6年生で卒業です。次は隣の中学校へ行くことになります。

習っていた水泳もやめるようになって、環境が変わり始めました。

そして卒業式を迎えます。感情的な私は、卒業式で少し泣いた記憶があります。感情はそれくらい豊だったんですね。

 

そんな小学生時代を過ごした私ですが、皆様と比べてどうでしょうか。

正直大きな問題を起こしているのでこれからどうなっていくのか気になる方も多いと思います。

これから先の内容は私が書くこと自体つらいのであまり書きたくはありません。泥棒のエピソードも書きたくはなかったのですが、そんな子供もしっかりとした大人になることができるんだって今の時代のだれかに伝わればいいなと思って書かせて頂いています。

13歳のエピソードを次回から書きます。もし、興味ございましたら、見ていただければと思います。全くいい話ではないので、毎日明るく生きたい、闇を知りたくない人はスルーして頂ければ幸いです。

 

・13歳の私

13歳になった私は中学に入学することになります。

そして、部活はソフトテニス部に入りました。

部活は毎日時には休日までも行うような部活でした。

また、勉強も一段と難しくなりつつも行っていきました。

そんな勉強に関してのエピソードがあります。

私は小さいころ国旗を見てどの国旗がどの国のものなのかを当てるゲームをよくしていました。また、このころから景色を見ることが好きで、世界が好きでした。そんな性格だったこともあり、授業中には地図帳を見る習慣がついていきました。

 

授業中といっても地理の授業ではありません。

国語の授業でも、英語の授業でも、数学の授業でも、どんな授業でも地図帳を見て移動するような毎日が続きました。

これが、私がすべての国の場所がわかるような特技を持っている理由です。

あまりにも毎日持ち運び地図帳を広げていたせいもあり、地図帳はボロボロになっていきました。

テープを用いていて補強しなくては見ることもできなくなるレベルまで地図帳はボロボロになっていきました。

 

そんな生活が続いていく中で私は謎の行動も起こし始めます。

正直なんでこんなことを始めたのかは覚えていません。その行動の内容としては4階建ての学校の校舎から身を乗り出すようになったのです。

初めは少しから最後には体の4分の3以上外に投げ出して落ちないように捕まっていました。

何がしたかったのか、なぜこんな行動をとったのかは覚えていないのですが、落ちたら当然死んでしまう高さであるのでやっていることはとても危険で危ない内容になります。

学校が終わってから家に帰ると、ゲームの遊びを通り越した私は、毎日してはならないことを繰り返す少年へと成長していきました。

お年玉を1000円盗み始めてから私の中で悪の感情が成長し始めます。初めは1000円だった金額が3000円、5000円と増えていくわけです。

とはいっても、お年玉だけでそんな金額を使い続けることは当然できません。

私の家では、公共料金(電気代、ガス代、水道代…)などの料金をとあるバックにまとめて入れていることを私は知ってしましました。

それを知ってからというもの私は少しずつ、お金を抜いていく生活を始めるようになります。

 

もちろん初めは1000、2000円と抜いても気づかれないような金額を取っては使っていきました。

使う内容はカードや近くのゲームセンターでのメダルゲームに使って楽しんでいました。

 

お金が減ることをおかしいと思わないはずがありません。

当然家の中では親の話し合いがよくされるようになります。そんな中、私たちが疑われたこともあります。

そんなときは私はきっぱりと嘘をつくわけです。

そんな生活もエスカレートしていき、私がかばんから取るお金の量も一回に多い時で3万円まで膨れ上がりました。。。そして、そのお金はメダルゲームやカードゲームを購入するお金として消えていきます。

 

こんなことを続けているせいか、親はかばんを隠し始めるようになります。

当然私は、父親のシフトを確認しながら毎日探し、見つかった時には、再び盗みを続けるという生活を繰り返します。

今考えるとあり得ない話です。

 

後日聞いた話ですが、親は警察にも相談しようとしたそうです。

 

そんな毎日が続く中親はついに私を本気で疑い始めるようになります。もちろん現場は確認してはいません。そしてある日、本気で尋ねられるようになります。私はもちろん嘘をつきます。

 

ただ、本当にしていないかとなんどもなんども言われる中、私自身いずればれるだろうとも思っていましたので、本当のことを話すようになりました。

 

 

正直話したからどうなったなど、その後の記憶はあまりありません。思い出したくない記憶だからかなくなってしまっているのかもしれません。

ただただ誤って、泣き続け部屋の中にこもっていた記憶があります。そのころから自殺も考えるようになりました。どうすれば簡単にいなくなれるのかを考えるようになり、ずっと部屋からでなくなる生活が続いたと記憶しています。

 

また、その後の私は、一度は辞めた泥棒生活もやはりやめきれず2度目を行ってしまいました。

 

やってはいけないとはわかっています。

 

ただ、一度始めたこの癖は、たばこのように付きまとい、辞めさせることができません。

そして、再び怒られたことを覚えています。その時は私は終わったと思いました。

 

人生終わらせてやろうなんて考えて生きてました。

そんな暗いことを毎日思いながら、学校にも通っていた日々、暗いことを考えていたせいか、私は学校の人々に嫌われているように思うようになりました。

 

学校にも行くのが嫌になってきました。そして、自分で学校に電話し今日は体調が悪いので行けないと連絡するようになりました。

学校に行かなかった頃は近くの公園で1日を過ごすという生活を送っていました。

 

 

そんな日々もついにばれるようになってしまい、先生や親が私を探し回りに公園まで来るようになりました。

私は地獄のような瞬間だと思い、必死に逃げ回りました。

車に乗って探し回る親に見つかった時は死んでも近づきたくないと思い、逃げ回り、用水路まで落ちて走り回り何とか逃げ切りました。

 

 

 

そして、わたしはこれからは一人で生きていこうと思うようになりました。

 

 

 

この当時の私は13歳。

当然一人で生きていけるわけがありません。

生きていく方法を考えました。私は泥棒をすることだと回答を出しました。毎日スーパーやお店の食べ物を少し盗んでご飯にし夜は公衆電話の中などで雨風をしのぎ生きていこうと決めました。

そんな二日目の夜、私は家に歩いて帰ることになります。

 

そのときは大雨が降っていました。今でも記憶に残っています。

 

私なんかが生きていいのかと思っています。なんで自分で家に戻ったのかわかりません。おそらく寒くてつらかったのだと思います。こんな泥棒する人間が生きていいとは思いもしませんでした。

 

しかし、家に戻ると親が全身ずぶぬれの私を見て心配してくれました。

 

シャワーを浴びるように言ってくれました。

 

その後夕ご飯を食べさせてくれました。

 

こんなことがあっていいのかと今の私は思います。泥棒し、学校にも行かない子供です。普通に考えれば、親は怒ります。でもその日は怒られなかった記憶があります。

 

その後私は完全に不登校になりました。一日中部屋に閉じこもる毎日を続けるようになりました。

 

この日々が私の13歳の1年になります。

 

とてもネガティブで、どうしようもない人間だったのです。

今こうやってブログに書いていますが、正直つらいです。こんなダメダメな私が現在大学院を卒業し仕事をしているのにはこの後の2年のエピソードが理由となります。

 

このどうしようもない悪人の私がどのようにして立ち直ることができたのか。

気になる方がいらっしゃれば、ぜひこの後「14、15歳の私」の記事を見てみてください。

 

その記事が私の人生のターニングポイントであることは確信しています。

 

↓に続きます。

Profile! はじめまして。~過去の記録~  どん底からの復活