Profile! はじめまして。~過去の記録~  絶望からの物語

ざっくりな見出し
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  •  19、20歳の私
  •  21、22歳の私
  •  23、24歳の私←このページではここからお話しします
  •  25、26歳の私
  • 未来のぬーたろ

 

過去シリーズ

これからお話する内容は全て私の過去の物語でありノンフィクションです。

自分自身あまり話したく内容も含まれています。

ただ、こんな人もいるんだと知って頂けることや、現在子育てで困っている人たちの育て方の参考になれば幸いだと思いましたので記載させて頂きます。もし気になる方いらっしゃいましたら最後まで読んでいただければ幸いです。

 

 

  •  23、24歳の私

何とか大学を卒業することができた私は、就職して社会人になるんだと思っていた人生と異なる人生を歩み始めます。

 

21、22歳の私のページでも記載しましたが、私は自分で考えることなく、覚えることで努力してきた人間です。

こんな人間が就職して、仕事を行うことをしていいとは自分の中で思うことができませんでした。

そのため、大学4年生になるころには大学を卒業したら大学院でもう少し学び続けようと決めていたのです。

正直、その当時は就職活動を行うのが怖くて、まだいいや。

という甘い考えから、とりあえず大学院まで行くかと考えていた気持ちも非常に大きかったです

 

大学を卒業した私は、その流れに乗って、大学院に入学しました。

入学した大学院はもちろん日本大学理工学部の大学院です。

 

すこし別の話になりますが、大学院に入学するとなった際に、実は日本大学以外の大学の大学院を考えたことも少しありました。

しかし、試験があったり、その試験内容がすこし難しそうで勉強するのもめんどくさいので、そのまま日本大学の大学院へ入学しました。

 

入学後また一つ私の人生のターニングポイントを迎えることになります。

 

21、22歳の私の記事の中で記載させて頂きましたが、私は簡単に緊張して顔が真っ赤になり汗まみれになり、体中が熱くなり、他のことが考えられなくなるという最悪な症状が発生します。

この症状についてひたすら対策、対応、原因について考えてきました。

しかし22歳大学を卒業する寸前にネットで調べていたとある記事を見つけました。

その記事の内容にこんな記載がありました。

 

「社会不安障害」

 

私はこの内容を見た際に、私の現在の症状と酷似していると思いました。

そして、その病気を治すにはどうすればいいかインターネットで調べました。

正直私はこの症状で大学時代授業を集中して聞くことができず、学ぶことが難しく、人前を避けるようになり、実験なども避ける、コミュニケーションも避ける全てが負になる時代を過ごしました。

そのため、お金がかかろうが、この症状を治すことができるのならどんなことでもやろうと考えていました。

 

調べていく中、この病気について医者で見てもらおうと思うようになりました。

そう思った私は、すぐに医者に行き、自分の症状について全て話しました。

その後、症状を落ち着かせられる薬があることを紹介してもらい、毎日飲むようになりました。

 

この薬の効果が素晴らしいことは、現在のブログを書いている私をみればわかって頂けるかと思います。

 

私の人生が180度変わりました。

多少緊張する場では緊張することはあまりなくなり、滝のように流れていた汗も抑えることができるようになり、普通に席に座り授業を聞くこともできるようになり、自ら進んで行動するようにもなったんです。

 

今まで苦手だった人と話すことも楽に行え、バイト話すことが怖かったため深夜バイトを行っていた私が、カフェで働くまでになります。

今まで彼女を作るなんて考えたこともなかった私が、異性を気にしだしたのもこのころです。

実は異性を気にするようになった私は、23歳のある日ちょっとしたストーカーチックな問題を起こしてしまいました。

今では深く反省しています。

(もちろん逮捕されるレベルではありませんよ。(汗))

 

この薬は今でも使用しています。

この症状が落ち着くまでは私になくてはならないものになっています。

そんな中23歳の私は研究を始め、バイトを始め、イーオンの英会話にも行き、彼女も作り、後輩の指導や引っ越しなど様々なことに挑戦していくようになりました。

 

様々なことに挑戦するようになりましたが、私の研究室の教授の私を否定することは変わることはありませんでした。

確かに21,22歳の私は考えることなく生きてきたので評価が悪いのはわかります。

伝える力も乏しかった私は毎日怒られてきました。

そんな中、発表する場面で怒られ人生を否定されたこともいくらかありました。

そんな教授のいいなりになって研究を続けていく中で私の気持ちも変わり続けます。

 

私はなんで言いなりになって研究をしているのかと。

私の行っている研究は教授が力を入れている研究内容の1つでした。そのため、基本的には私が実験を行いながらも、教授の言うように実験を進めるのが普通になっていました。

 

そんな中研究を進める速度が少し曖昧になってきた際に、教授がお前この研究辞めないかと言い出してきました。

私は今まで2年ほど、この研究を続けてきたので、正直思う気持ちはありましたが、このまま言いなりになるのも嫌になったので、今まで続けてきた研究をやめて、別の研究を行うことにしました。

 

その当時が23歳で大学院卒業まで1年ちょっとしかありません。

そんなタイミングで研究内容を変えるのもどうかとは思いましたが、私にしてみるとそれくらい苦痛なことだったのです。

私は研究内容を変更し、後輩から新しい研究内容を教わりつつ研究を行っていきます。

 

24歳になって大学院の卒業が近づきつつも、就職活動をしながらも毎晩研究を行っていきました。

 

そんな中11月ごろに内定を頂き就職することができました。

その後、研究に集中できるようになった私は、ひたすら、夜遅くまで実験を繰り返すようになります。

 

その結果、何とか結果を残し、修論を書くことで大学院を卒業することができました。

 

正直夢のような日々でいろいろなイベントがあったせいか当時の記憶があまりないことも事実です。

 

ただ、あきらめることなく毎日努力することで、何かしら形は作られていくものなのかなと当時の私は教えてくれたと今では思っています。